神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1161号 判決 1998年1月30日
原告
南忠志
ほか一名
被告
濱田桂子
主文
一 被告は、原告らに対し、各金五七六万六二六〇円及び右各金員に対する平成五年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、各金一四六七万五七五〇円及び右各金員に対する平成五年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告運転の普通乗用自動車に衝突され、頭部外傷等の傷害を負った後死亡した者の相続人らが、被告に対して自賠法三条によりそれぞれ損害賠償を求めた事案である。
なお、付帯請求は、交通事故発生日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
(一) 発生日時 平成五年八月二五日午後三時四〇分ころ
(二) 発生場所 兵庫県宝塚市泉町一八番三号
(三) 事故車両 普通乗用自動車(神戸七七め二一八一)
(四) 運転者 被告
(五) 事故態様 事故車両が歩行中の訴外亡南正夫(以下、「正夫」という。)に衝突した。
2 責任
被告は、事故車両の運行供用者であるから自賠法三条に基づき、本件事故により正夫が受けた損害を賠償する責任がある。
3 原告らの相続
原告らは、正夫の法定相続人であり、右記損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛相続した。
4 正夫の傷害及び治療経過等
(一) 正夫は、本件事故により、頭部外傷二型、左膝打撲、右手関節打撲、上口唇挫傷、右上側切歯損傷等の傷害を受け、次のとおり医療法人尚和会第一病院(以下、「第一病院」という。)に入通院した。
(1) 平成五年八月二五日から同年九月一二日まで通院(実通院日数一〇日(同日再診一回))
(2) 同月一三日から同月三〇日まで入院
(3) 同年一〇月一日から同年一二月一日まで通院(実通院日数一二日)
(4) 同月二日から平成六年一月二九日まで入院
(5) 同月三〇日から同年四月六日まで通院(実通院日数一二日)
(6) 同月七日から同月三〇日まで入院
(二) 正夫は、同月三〇日、肺炎により死亡した。
(三) 正夫は、上顎右側中切歯及び上顎左側切歯打撲による歯牙動揺、上顎右側切歯ジャケット冠破折脱落、上顎左側犬歯部口唇部裂傷、上顎右側犬歯支台及び上顎左側犬歯支台欠損により、平成五年八月二八日から同年一一月一日まで芦田歯科医院に通院した(実通院日数八日)。
二 争点
1 本件事故と正夫の肺炎発症及び死亡との因果関係の有無
2 正夫及び原告らの損害額
三 本件の口頭弁論の終結の日は平成九年一二月九日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(肺炎発症及び死亡との因果関係の有無)について
1 証拠(甲二ないし六の各一、七、八、九の一・二、一〇、一一の一〇、証人南由美、同石原亨介、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 正夫は、大正一一年八月五日生まれ(事故当時七一歳)の無職の男性であった。正夫には、糖尿病及び慢性膵炎、腰椎圧迫骨折、白内障、陳旧性肺結核、肺気腫の既往症があった。また、本件事故による受傷前からうつ病、自律神経失調症などで石田病院に通院し、種々の向精神薬を内服していた。なお、向精神薬については第一病院入院時にそれらの薬剤が一部継続投与された。
(二) 正夫は、平成五年八月二五日、本件事故により頭部外傷二型、腰部挫傷などを受傷した。近くの第一病院で受診したが、診察の結果、入院は不要とのことで通院治療を開始した。しかし、腰痛が強かったことや食欲低下がみられることから、同年九月一三日、入院となった。同年九月三〇日までの短期入院であったが、特に問題もなく経過し、腰痛も軽快した。
(三) その後正夫は、再び通院となったが、歩行時の腰痛はあり、外出時には車椅子を使用していた。さらに、両下肢痛は悪化し、同年一一月にはトイレにも行けないほどの疼痛を来たし、同年一二月二日、再度同病院に入院した。この際、昼夜逆転現象が見られたり、低血糖症状、さらには痰が切れにくいなど従来にない症状を訴えた。しかし、約二か月の入院で各種の症状も軽快し、平成六年一月二九日、腰痛は残るものの、元気に退院した。この入院時、経口糖尿病薬が処方されているが、その後、良好なコントロールであった。
(四) 正夫は、退院後、通院治療を再開したが、やはり両下肢痛、しびれが増強し、食欲も低下してきた。同年二月二二日には、自力歩行できないなどの気力低下があり、心理精神状況の変化、活動性の著しい低下がみられた。同年三月一〇日には、血圧の低下傾向があった。さらに、同月二〇日には、四、五日前より倦怠感があると医師に訴えるようになった。
(五) 正夫は、平成六年三月三一日には、介護のもとに入った風呂場で転倒し、数時間倒れたままであった。その後、さらに自力起座不能、食欲不振、倦怠感は進行し、構音障害まで出現した。さらに、同年四月六日朝からは呂律が回らなくなり、翌七日朝には喘鳴も出現したため救急車で受診入院となった。
(六) 正夫は、入院時、低酸素血症、胸部レントゲンにて両中下肺に浸潤影、傾眠傾向(低血糖、ブドウ糖負荷で開眼)、貧血、低蛋白ありが認められた。肺炎による急性呼吸不全と診断され、集中治療室で人工呼吸管理などが行われたが、結局同月三〇日に、死亡した。
2 以上の認定及び前示事実によれば、正夫の身体的状況は最終入院の約二か月前ころから悪化し始め、一か月前からは急速に悪化し、一週前から肺炎を発症したと推定できる。ここで、本件においては、受傷直後は胸部外傷もなく、受傷後約五か月は長期の臥床状態を来すことはなく、外来受診も可能であったことから、肺炎罹患の危険性を予見することは不可能であるとも考えられる。
しかし、まず、両下肢痛の進行による歩行障害は、活動性の低下を通じて肺炎発症の要因となることが認められる。
さらに、うつ状態の悪化が活動性低下の進行と前後している事実は、うつ状態が活動性を低下させ、また、一方では交通外傷に起因する腰痛、両下肢痛による活動性低下がうつ状態を悪化させるという悪循環を招いたことを推認させる。
また、うつ病治療のための向精神薬は、身体精神的機能の低下をもたらし、これによって、活動性の低下を助長させ、口腔内分泌物、胃内容物の誤嚥の危険性を高める。さらに、身体的機能の低下は、栄養障害、免疫力の低下を招き、このような悪循環はますます肺炎羅患の危険性を増加させる。
したがって、これらの事実を合わせ考えれば、正夫において、交通外傷受傷が精神的要素の悪化を介し、さらに、身体的機能の障害を介して、活動性低下をもたらすことによって、肺炎発症をもたらしたもので、肺炎を直接の死因として死亡したとしても、これらは、通常人において予見することが可能な事態というべきであるから、正夫の肺炎発症と本件事故との間、更には正夫の死亡と本件事故との間には、いずれも相当因果関係があるというべきである。
もっとも、前記認定の事実関係によれば、本件事故による直接の身体傷害に比して治療期間が長期に及んでおり、正夫の損害が本件事故のみによって通常発生する程度、範囲を超えていることは明らかであり、かつ、正夫が肺炎に罹患し死亡した点については、糖尿病及び自律神経失調症、うつ病等の既往症並びに受傷後の本件事故以外の要因によるうつ状態の悪化及び風呂場での転倒による傷害等の正夫の体質的及び心因的要因が寄与していることが認められる。したがって、正夫が本件事故により被った損害額の算定に当たっては、本件事故前の既往症の内容及び程度、本件事故による正夫の直接の傷害の部位・程度及び治療経過、事故後の状況等の諸事情を総台考慮した上で、その損害の拡大に寄与した右体質的及び心因的要因に応じて、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害額につき六割を減額するのが相当である。
二 争点2(正夫及び原告らの損害額)について
1 入院雑費(請求額一五万一五〇〇円) 認容額一三万一三〇〇円
正夫は、本件事故により、平成五年九月一三日から同月三〇日まで(一八日間)、同年一二月二日から平成六年一月二九日まで(五九日間)、同年四月七日から同月三〇日まで(二四日間)それぞれ第一病院に入院したことは前示の通りである。そして、正夫は、これらの入院期間中一日当たり一三〇〇円の割合による入院雑費の支払を要したとみるのが相当である。すると、正夫の入院雑費は、一三万一三〇〇円となる。
2 葬儀費用(請求額一二〇万円) 認容額一二〇万円
弁論の全趣旨によると、正夫の死亡により葬儀が執り行われたことが認められる。前示の正夫の年齢等によると、葬儀費用は一二〇万円が相当である。
3 慰謝料(請求額二五五〇万円) 認容額二五〇〇万円
正夫の傷害の内容、程度及び通院期間、死亡するに至った経緯等、その他本件にあらわれた一切の諸事情を考慮すると、正夫が本件事故及び死亡によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二五〇〇万円をもって相当とする。
4 素因による減額
正夫の体質的・心因的要因を斟酌し、その損害額の六割を減額すべきことは前記のとおりであり、その後に請求できる損害金額は一〇五三万二五二〇円となる。
5 損害の填補
被告は、正夫が本件事故につき、治療費、付添看護費等として合計金二七三万三三四二円の支払いを受けた旨主張するが、原告の請求と対応関係にないうえ、これを認めるに足りる証拠はない。
6 弁護士費用(請求額三〇〇万円) 認容額一〇〇万円
本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、一〇〇万円が相当である。
7 相続
原告らが、正夫の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛相続したことは前記のとおりである。
三 結論
以上によると、原告らの各請求は主文一項の限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の各請求はいずれも理由がないから棄却することとする。
(裁判官 横田勝年)